2007年09月05日
宿題代行して何になる!?
宿題の代行業者という商売があるようです。読書感想文2万円、工作5万円だそうです。まああっても不思議じゃないですが、そういう所にお願いする親というのも何なんでしょうね!?業者側も自分のことしか考えていないんでしょうね。ビジネスの世界で人のものを代わりにやる人がいても、教育の段階でそういうことを許してはいけないと思っています。
教育基本法の改正もいいけど、こういうサービスの一定の制限ってできないものですかね。やっぱり自由市場というのは高い倫理観の下でこそ運営すべきなのでしょうか!?倫理観というのも最早変わって来ているし、一つじゃない時代なのかもしれませんけれどね。
親も子供も宿題丸投げ いま代行業者繁盛:Yahoo!ニュース
2006年08月24日
マスコミに名選手が育つ環境作りを!と願うのは感情論かな〜?
甲子園を沸かせた二人の投手。マスコミは騒いでいますね。「ハンカチ王子」とか「ゆーちゃん」とか。そして、感動の秘話の連続。それでいて、何か問題があれば途端に叩き出すんでしょうね。
軽いスターじゃなくて、超一流のスターができた方が、野球界にもマスコミにもいいと思うんですけどね。何だか選手のプライベートが掘り出され過ぎて、スターとしてのカリスマ性が損なわれているような気もします。その意味でも軽いスターが多過ぎるような気がします。
高校3年生のまだ何も知らない時に、マスコミが囃し立て過ぎず、野球に集中できる環境や、正しい態度を身に付けられるような環境を作ってあげるべきではないでしょうか。テレビでは、ちやほやするコメントやインタビューばかりで、誰も助言をする人はいません。やっぱり視聴率という名の印籠を掲げ、視聴者に責任を押し付けるのでしょうか!?
今のマスコミにとっては、プロスポーツの選手などというのは、消費材に過ぎないんでしょうね。しかし、厳しいプロの世界では選手は宝物のはずなんですけどね。確かに、プロがゆえにマスコミも必要な要素であるのは間違いありません。しかし、もっといい意味でスターを育てるマスコミになることはできないのでしょうか。これが、勝手な私の願望や感情論であることも間違いないのですが・・・
いずれにせよ、そろそろプロ野球に新たな大スターが欲しい気がします!
追記)
本日の都知事への優勝報告会で、斎藤投手は一早稲田実業生として、謙虚にひたむきに、普通の生活をしていきたいと言ったそうです。騒ぐマスコミをよそに、本人はいたって謙虚ですね。素晴しいです。
2006年08月21日
早実優勝そして王監督
早実が優勝しました。素晴しい試合でした。最後の打者は、田中投手でした。斎藤投手と二人で、良きライバルとしてこれからの野球界を背負って立つ人材に間違いありません。まずは、休養して疲労をとって欲しいと思います。肩、肘、手首など、投手として大切な稼働部位のコンディションを回復して欲しいです。
それにしても今年は、王監督の年になるかもしれません。WBC(ボクシングじゃありません)優勝、高校野球で母校が優勝、そしてソフトバンクは!?今後のプロ野球はそういう意味でも楽しみになってきました。そして、日本シリーズには間に合うよう、王監督が万全に回復することを願っております。
王監督という傑出した野球人、そして人格者は、スポーツをする者だけでなく、広く国民の手本となるべく人の一人に思えます。全ての人が王監督のように素晴しい人間になれる訳ではないですが、才能、努力、類を見ない打法を創り出す独創性、謙虚さ、真面目さ等々、学ぶべき所が多く、子どもの手本になるべく人であることは間違いないでしょう。
今年は、本当に王監督が話題になる年です。自分自身も見習って、精進しようと、勝手に本日の決勝戦を見て、感動し、王監督を思い出し、そのように考えました。
2006年06月07日
戦国の時代に逆戻り!?
今週はレポート2つと作品提出があるので、更新がなかなかできませんでした。前期試験を見据えた復習も始めないといけません。
さて、大人が子どもを殺す。そんなニュースを最近よく目にします。子どもに関連するニュースは、教育の授業で話題になりますし、佐世保の小学生女児の殺人事件は、試験問題でも出ました。
現在、渦中の秋田の事件の報道ばかりが目につきますが、一ヶ月前では平塚でも事件がありました。少年犯罪が増えているような気がしますが、少年犯罪は統計的には減っているようです。少子化の影響もあるし、犯罪がわかり難いものになっているので、果たして統計通りとストレートに判断することはできません。しかし、数は減っているのです。むしろ増えているのは、子どもが被害者になる事件です。心の無い大人が多くなったのか、それとも大人が苦しんでいるのか、まずは大人社会が変わらなければならないのではないでしょうか!?
家族が殺し合うというニュースや通り魔的な殺人が多くなったと感じるこの頃は、戦国の世にでも逆戻りしてしまったのかとも思ってしまうこともあります。
秋田児童殺害:YOMIURI ONLINE
秋田小一男児殺害事件の特集:Sankei Web
平塚5遺体事件:Sankei Web
http://kogoroy.tripod.com/hanzai.html:少年犯罪統計に詳しいページ
2006年05月21日
新聞学で勉強したマスメディアとは違う時代
最近、近頃のマスメディアは重要なことを報道せずに、視聴率を獲れるようなものばかり報道するようになり、重要な情報が我々の元に辿りついていないので、注意せよという話が授業で出てきます。昔、新聞学という教科を学んだことがあります。そこでは、「言論の自由」、「知る権利」、「修正第一条」、「明白に現存する危険」、「プライバシー」などを勉強しました。その際に私が勉強した新聞を中心としたマスメディアは、今のようなマスメディアでなかった気がします。「言論の自由」と「知る権利」を追求し、検閲と対抗する存在だったように記憶しています。
しかし、今のマスメディアはもう変わってしまったのでしょう。授業で先生方が言うのもその通りと思うような現象を目にしました。
それは、テロ容疑者に間違われ、米中央情報局(CIA)の秘密収容施設に5カ月間拘束されたとして、レバノン系ドイツ人の男性が米政府に慰謝料の支払いなどを求めた訴訟で、米バージニア州の連邦地裁が、「国家機密保持という国益は個人の利益より優先される」として、訴えを却下する判決を下したというニュースに関してです。この人は、旅行先のマケドニアで拘束され、アフガニスタンのCIAの秘密収容所に連れて行かれたそうです。しかし、このニュースを3大新聞+産経新聞のインターネット版では見当たらず、東京新聞やその他の地方紙でしか見つからないのです。なぜ何でしょう!?私は、示し合わせたようなその姿勢に違和感を感じます。その違和感が故に、共謀罪などと関連があるのではないかと邪推してしまうのです。ただ、インターネット版で出ていないだけでしょうか!?ただの間違いであればいいのですが、何だか訝しく思ってしまいます。
「国益は個人利益に優先」:東京新聞
「国益は個人利益に優先」というキーワードでgoogleで検索した結果
『新聞の自由と責任』 川中康弘 南窓社:新聞学を勉強した時のテキスト
2006年05月16日
スパムの攻撃
当ブログは、現在コメントスパムの激しい攻撃にあっています。ということでただ今、MTの英語のスパムを省く対策を勉強中です。本当に困ります。どうせならモンティ・パイソンのSPAMでも見たいものです。
スパムを送ることで、結局コメントやトラックバックを閉鎖するブロガーの方も増えているようです。折角ブログのネットワークを広げ双方向性を実現するとても素晴らしい機能も、これでは台無しになってしまいます。
スパムコメントは癌細胞に似ている気がします。どんどん増殖して宿主である人間の体が維持できなくなるまで増殖して、最後は宿主である体が死んでしまうと共に、癌細胞も死んでしまいます。スパムもウィルスも同じように、インターネットの世界で存在するサービスの利便性を損ね、利用者を減らしかねないものです。使う人が減っていけば、最終的にはそのスパムやウィルスでさえも存在できるインターネットの世界というものが無くなってしまいます。現実はまだまだ膨大なインターネットの市場が存在し、どんどん拡大しているので、私が考えるようなことが起きる訳ではありません。また、スパムやウィルスの対策を考えることで、技術も進歩しているということもあるのでしょう。
インターネットの世界でのモラルというのも、これからは教育の内容に取り入れていくべきものに間違いありあません。また、そのようなハッカーの高い技術を有効に利用していくべきなんでしょうね。
2006年04月23日
アルゼンチン人とマケドニア人とCPEについて居酒屋談義!
昨日は、0時近くに先輩の罠に引っ掛かり、ふらふらと近所の焼き鳥屋へ。楽しく飲んでたら、何やら外国人が撮影とインタビューしてきました。「日本人とは何ですか?」という質問。私の答えは「俺です!」胸を張って日本人と言えるだろうかと思いつつも、そうならなければと思い、俺ですという答え。無理があるかな???
その後、彼らがフランス語で話しているので、逆にCPEとデモに関する質問をしました。結局、彼らはフランスに居るのですが、アルゼンチン人とマケドニア人の学生さんでした。
アルゼンチン人の女性は、フランス人は甘えていると言っていました。生きるために昼仕事した後に、夜も別の仕事をする人が多いアルゼンチンと比べて、フランスの労働条件はとても恵まれているからだと言っていました。
マケドニア人の男性には、日本人の労働観みたいなものを上手く伝えることができませんでした。
結局何が言いたいかといいますと、コミュニケーションの力の重要性。最初はフランス語を話せる人が通訳してくれたんですが、途中から英語になりました。いろんなことが話せるもの凄くいいチャンスだったんですけど、自分の英語力の無さから、自分が思っていることや私の先輩が考えていることを上手く伝えることができませんでした。英語力をもっとアップしなければなりません。
日本のことをよく知ることも大切。そしてそれを伝える手段を持つことも大事と感じたひと時でした。どちらが先だということではなく、両方必要なんだと思いました。思いは思っているだけでは伝わりません。思いを伝えることをしなければ、なかなか人には伝わりません。自分を知ること、自分の考えを持つこと、そしてそれを伝えること、それらを教育に盛り込まなければなりません。
何だか、愛国教育、小学校の英語教育の義務化、CPEと盛り沢山な夜でした。
投稿者 Bab : 14:19 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月10日
学生運動の勝利!? CPE法案の撤回
フランスでCPE法案が事実上撤回とのニュース。びっくりしました。日本では学生運動により、その主張が通ったことがあったのでしょうか?地方の首長のリコールや原発反対の運動などでそのような状況が何回かあったということを記憶しています。安保闘争などは、そのことがあったということを知っているだけで、それが条約の変更をさせたとは記憶しておりません。
CPE法案の事実上撤回は、今回のような大規模なデモの結果なのか!?だとすると議会制民主主義が否定されたということなのか?それでこそフランス!「革命の国」なのか?そして、このことで、日本国内の暴力革命を未だ考えている勢力の勢いがつくのでしょうか!?
フランスはこれから住みやすい幸せな国になっていくのでしょうか!?CPEに反対したフランス人が目指すフランスとは何なのでしょうか!?現状維持ではフランスの社会が良くなるとは考えづらいです。フランスのことはフランス人が決めることで、私がとやかく言うことではありませんが、現行の高い失業率に対する有効な処方は何だと考えているのでしょうか!?
フランスだけでなく、国や文化で、幸せの尺度というものや生き方というものが根本的に違う気がします。突き詰めれば同じ国の人間でも個人一人一人で違います。では、その個人の幸せも社会というステージにおいて実現するものであるはずです。個人の幸せを追求していく上で、自分の所属している社会の将来をどの方向に持っていくべきか。社会の成員として日本人もそのことを考え行動する必要があると思います。フランス人はデモという形でその政治意思の表明がなされました。我々日本人は何でそれを意思表示していきましょうか!?意思表示できる教育も必要かもしれません。
Yahooニュース:フランスCPE法案撤回
参考URL
iFinderさん:何度も参考にさせて頂いてます。
教えて!サルトル!!さん:複数のシステムの共存はこれからのテーマですね。
フランス!フランス!フランス!さん:実況中継的です。臨場感大あり!
フランス語系人のBO-YA-KIさん:他のエントリーも参考になります。
うさたろうのフランス生活さん:現地での閉塞感というのは相当なもののようです。
BROTHEL CREEPERSさん:フランス人のパワーが日本にも必要と感じている人は多いです。
投稿者 Bab : 18:58 | コメント (4) | トラックバック
2006年04月06日
フランス続き
ようやく大手メディアでフランスのデモに関する背景などに関するニュースを目にしました。これだけ遅れると、実はフランス在住の方々のブログをいろいろ見ていて、焦って背景や詳しいことを調べたんじゃないかと勘ぐってしまいます。私が詳しいニュースを見ていないだけかもしれませんけれど。
こうなるとフランスの学生に直接話を聞いてみたくなります。しかし、フランス語など全くできません。以前は近所にフランスのカフェがあったので、日本語または英語が話せるフランス人とよく会うことがあったのですが、閉店してからはフランス人と会うことは殆どありません。インターネットが海外の学生との直接的なコミュニケーションに、何か役に立つのではないかと期待しています。
フランスの学生は復活祭のお休みに入るようですが、デモ活動を続けて行くという学生の集会が報道されていました。日本居る学生の私は、今日久しぶりに大学に行きます。オッサンの腰痛も何とか治まりつつあります。時間割を見るのがとても楽しみでワクワクしています。
Yahooニュース・毎日新聞
<フランス>硬直した雇用制度などが混乱の背景
2006年03月25日
フランス人
やっぱりこんなフランス人が好きです!(笑
Yahooニュース:仏大統領、英語の演説に怒って退席
フランス人の英語嫌いな話はよく聞きますので、別段驚きません。しかし、今回のこの行動の背景には、いろんな政治的要素を含んでいるんでしょうね。
ところで、最近気付いたんですが、日本で外人を見ると日本語ではなくて、英語で話しかける日本人が多いのではないかと思います。自分も英語で話しかけてしまいます。しかし、自分の経験上、外国では日本人とわかるまで日本語で話しかける人ってほぼいないですよね。イランだけはやたらとイラン人が日本語で話しかけてきましたけど・・・そういうのも民族性とか文化的な違いなんでしょうか?比較文化論や心理学でこの辺の研究をしてる人がいらしたら文献を読んでみたいものです。
投稿者 Bab : 12:13 | コメント (6) | トラックバック
2006年03月24日
フランスの学生とフランス
フランスが燃えています。これは、26歳未満の若者を雇った場合に試用期間の2年以内は理由を通知せずに解雇できる「新規雇用契約(CPE)」という政策に反対する動きです。デモはフランスの東大!?パリのソルボンヌ大学から始まったようです。それが今日には労働組合も巻き込み22万人に増え、一部暴徒化しているようです。
読売ニュース:仏雇用政策抗議デモに22万人参加
フランスは先進国に分類されますし、私にはサッカーのW杯のフランス大会での、巨人が歩く開会式のセレモニーに衝撃を受けて以来、フランスに対しては洗練したファッションや芸術と文化の国というイメージなんです。その先進国で洗練したファッションや芸術と文化の国では、デモやストライキは移民だけでなく長くフランス人をしている人々の間でも、意外と頻繁に起きています。暴力まで行くのは決して許されるものでは無いのですが、デモのために集まるこのパワーは今の日本には無いものなのかなと思います。
私の最初の大学では、友人の下宿のトイレに学生運動の内ゲバの痕が残っていたり、映像が残っていたりしても、そんなの古臭いくらいにしか思っていませんでした。日本では私も含めてデモするパワ−を持たない人々が大半でないかと思います。当時、私はデモなんかと冷めて見ていました。しかし、近年は時々、はっきりと自らの意思表示をするフランス人のように、自ら主張して勝ち取るという行動できる国民を凄いと思ったり、羨ましく思ったりもします。
フランスは市民革命があった国です。国民自らが政権を勝ち取ったという自負がDNAとして未だに引き継がれているのでしょうか。もっともこの問題の背景には、未だ階級社会が存在し大きな力を持っているフランスの社会構造や失業率などの多くの問題が影響しているのでしょうね。
最初に読んだフランス人の学術書はデュルケムの『宗教生活の原初形態』でした。それ以降、フランス人の著作を幾つか読んできました。これからは中国やインドやブラジルの時代と言われます。それは確かだと思うのですが、フランスはストやデモが頻繁にあったり、実は農業国であったりと色んな面を持っています。そんなフランスは、今もなお色褪せず私を惹き付けています。
2006年03月21日
祝世界一!
やはり今日はこの話しかないですよね。WBC優勝おめでとうございます。本当に素晴しい試合、そしてチームでした。監督と選手、そしてブルペンキャッチャーやバッティングピッチャーやトレーナーやあらゆるスタッフが一丸となって戦った成果ですね。凄かったです。
個人のスポーツももちろん素晴しい。しかし、団体競技もまた素晴しい。何だか自分も熱いことしたくなって来ました。
2006年03月20日
ウィニーについての報道から
世の中起こっていることをちゃんと正確に伝えられているかと言ったら、実はそうでも無かったりします。例えば今回のウィニー騒動でも思うのが、正しい視点で、正しい基準で報道されているか怪しい時が多いということです。例えば、あるニュース番組は、「ウィニーが秘密の情報を盗むために作られたものだ」という開発者では無い人間のインタビューを放送していました。その目的で作られたと開発者でも無い人が、そのように発言することを報道してしまうのは如何なものかと思いました。まして先日の報道番組での田原総一郎や諸井虔のインターネットやITへの理解度を考えたら、報道を鵜呑みにしてしまったり、誤解してしまう人も多いはずです。もっとも著作権法違反幇助ということで悪用されることを手助けするアップデートが、裁判の焦点になっている訳ですけれど。
私は客観的な報道というものはないのではないかと思います。客観は主観の束だという考え方が自分の根底に流れています。この考え方から、やはり報道機関には報道機関の、あるいは記者のベンチマーク=基準点があるんだと思います。それがやはり同じ報道でも各機関によって違うニュースに仕上がって行きます。
ウィニーを通じた情報漏洩についても、問題の本質をついた報道が少ないと思います。ウィニーが悪いという前提でのニュース作りになっている傾向があると思います。報道全体がワイドショー化しているように感じてしまうのです。
このような時代だからこそ、やはり情報を見極める力を持つことが必要なんだと思います。では、教育において、それらの力はどうやって養って行けばいいのでしょう!?まずは、質問について質問の内容の通り答えるという訓練からかもしれないと考えています。
2006年03月12日
少子化対策受け入れへ
電機大手企業が少子化対策に関して、不妊治療のために有給休暇を利用できるようにすることや育児休暇制度の強化などに乗り出すことがニュースが報じられました。
読売ニュース:電機大手、少子化対策受け入れへ
中でも注目は育児休暇制度の強化や、一部企業では授業参観で有給を使えるようにするという動きが出て来たことです。子どもの教育に積極的に親が関われるということはいいことだと思います。関心を持ってもらうことが子どものモチベーションをあげるということは、幾つかの研究の結果として表れています。また、親が教育に関わり易くなることで、夫婦円満・家庭円満と続けばいいですね。あとは気兼ねなくその制度を利用できる雰囲気が職場にできることが必要です。
2006年02月24日
孫死亡:53歳の祖母が虐待 岩手
なんででしょうね。また、こういう事件が起きてしまいました。ウサギの虐待死や園児殺害、北海道の虐待、etc...と暗い話が多かったのですが、ようやく今朝からフィギュアスケートの荒川選手の金メダルで列島が明るいニュースに包まれたというのに・・・
幼児虐待死・殺人は統計的には減ってきているそうですが、社会病理の一つとして仕方が無いと考えることなく、0を目指していくべきだと思います。どうすればいいのか。最近児童虐待の復習をしていたのですが、実効性のある対策をもって勉強して、活かしていかなければなりません。私にはまだその力が無いですが・・・
亡くなった子どもさんには、全身にやけどの跡やあざがあったそうです。かわいそうです。ご冥福をお祈り申し上げます。
MSN・毎日ニュース:孫死なす:預かった53歳祖母が虐待 岩手・逮捕
この事件に関するみなさんの意見
クルトンパパのいろいろ日記さん
は〜とnoエースさん
想いのリレーさん
児童虐待についての過去のエントリー
発達への影響ー児童虐待(1)
発達への影響ー児童虐待(2)
発達への影響ー児童虐待(3)
発達への影響ー児童虐待(4)
発達への影響ー児童虐待(5)
2006年02月18日
滋賀園児殺害:「周りの子が悪い」と言って他の子を刺す!?
滋賀県長浜の園児殺害事件ですが、悲しいことに二人とも亡くなってしまいました。しかも、犯人の供述で、「自分の子供が他の子供となじめない。このままでは、自分の子供がだめになってしまう。だから(周りにいる)子供を殺した」と言っているそうですが、そこから殺すというところへ繋がる精神構造はいったい何なのか?切羽詰まるとそこから先の想像力というものが無くなってしまうのでしょうか。自分も、自分の子どもも、家族も大変なことになることを考えられなくなるか・・・
人間の生きる力が弱っているのでしょうか!?現代において、大半の人が大なり小なり何らかの心の問題を抱えているのではないかと思っています。自分も自分自身の弱さというのを自覚することがありますが、どこかで踏ん張って生きているつもりです。
メンタルケアという意味で、友人や周囲が機能しないのであれば、心療内科などのクリニックがもっと当たり前のように、歯医者やエステにでも行く感覚(無理かもしれませんが、その位周囲も認める手軽な自己平衡メンテナンスという感覚)で行けるようになる必要があるかもしれません。
MSN・毎日ニュース:滋賀園児殺害「周りの子が悪い」供述 長女孤立思い込み
2006年02月17日
園児が道で刺される・・・滋賀
なぜこうも毎日のように事件が起こるのか・・・通園・通学路の安全性の確保は急務ですね。即効性の対策としてやはり親が子どもを幼稚園や学校まで送る必要があります。イギリスのように子どもを送ることが親の義務となるには、社会もその受け入れ態勢を作らなければならないでしょう。しかし、今回は二人の園児を自分の子どもと送っていた母親が身柄を確保されたようです。誰も信用のできない時代になってしまったのでしょうか。 最早、親自身自分の子どもに責任を持たなければならないのでしょう。子どもが一人歩きできない世の中は嫌ですが、こうも続くと悠長なことは言っていられないですね。個人的には警察の増員が望ましいと思っています。犯罪をしずらい状況をつくることも犯罪抑止になるのではと考えています。人を殺してはいけないというルールは何処へ行ってしまったんのでしょうか。そして、人を信用できない殺伐とした社会にならないように、何とか対策をしなければなりません。
亡くなった女の子のご冥福をお祈り致します。重体の男の子が一命をとりとめますよう願っています。
Yahoo!ニュース:2園児が道で刺される、女児死亡・男児重体…滋賀
2006年02月15日
小学校のウサギ虐待死ー東京都江東区
酷い事件がまた起きました。東京都江東区で18歳の3人の少年が、小学校からウサギをさらって、サッカーボールのように蹴って殺したそうです。大切に育てた子どもたちのことが心配です。
そして、18歳の少年たちになぜ殺してはいけないのか、どう教えればいいのでしょう!?ゴキブリは殺すのになぜ犬を殺してはいけないのか?飼い犬は殺さないのに、なぜ保健所に引き取られた犬の大半は、処分ということで殺されるのか?動物は殺すなというのに、なぜお肉になる牛や豚や鳥や魚は殺していいのか?なぜ、ゲームで悪いモンスターを殺してもいいのに、現実社会では悪い奴は殺してはいけないのか?現実社会の中で、道徳的な規範をどうすれば矛盾無く子どもたちに伝えられるのか、ということを最近よく考えています。人間の視点からしたらゴキブリは直接的には生活になくてもいいもの、しかし、生態系全体においては一つの構成要素。実は生態系全体からすれば、人間自身も人間にとってのゴキブリのような存在かもしれません。
このことについては沢山の考え方と方法があるのだと思います。正解は無いのかもしれません。
MSN・毎日ニュース:ウサギ虐待死:18歳の3人逮捕 ボール代わりにける
みんなの意見
つれづれ日記さん
float freakさん
行政書士高田の辛口コメントさん
物欲の泉さん
貯めたり溜まったりさん
赤ずきんちゃんは狼がキライ?さん
ハサウェイのやんごとなき・・・さん
2006年02月03日
千葉の事件ー小6男児登校中に切られる(野田市)
また嫌な事件です。抜本的な犯罪撲滅の対策が必要に感じます。東京都は犯罪が減少しているそうですが、地方に犯罪が広がっているそうです。自己防衛とかでなくて、安心して暮らせる日本であって欲しいですが、親が責任をもって送るなどの早急な対応が必要でしょう。退職後の方々にご協力を頂き、地域で送り迎えをするのも一つの方法かもしれません。他にも心理学的な見地からも含めて有効な対策の実行を望みます。
男児の心の傷が気がかりです。
Yahooのニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060203-00000203-yom-soci
投稿者 Bab : 11:19 | コメント (2) | トラックバック
2006年01月23日
雪合戦と凍み渡り
東京も雪に包まれた週末でした。豪雪で苦しんでいる地元の人からは怨嗟の声を聞くかもしれませんが、私は雪国出身なので雪を観るとわくわくします。水を得た魚ならぬ、雪を得た雪ん子!?の如く、雪道をずんずんと進んで出掛けました。やはり雪ん子の血が流れているのでしょうか。気持ちが高揚します。
雪を見て大興奮の雪ん子は、雪玉を作って電柱を標的に投げたりして、童心に返った気持ちでした。ラグビーを観戦していたためか闘争心が湧いて来た友達と帰り道の公園で雪合戦を開始!久々に体を動かして本当に楽しかったです。公園には誰かが作った雪だるまが幾つかあったりして、みんな雪を道具にして遊んでいました。
子どもの頃の冬の屋外での遊びは、雪合戦をしたり、落とし穴を作ったり、滑り台や秘密基地を作ったり、スキーをしたりでした。雪はいろんなものに造形できますから、天然のおもちゃでした。そんなところからも創造力って養われるのではと思いました。また、運動能力的にも滑らずに歩くことが必須なので、バランス感覚が雪国の人はいいのではないかとも思います。
雪合戦は沢山の方が知っていると思いますが「凍み渡り」というのもあります。雪が積もっているところに、晩に放射冷却などでぐっと気温が下がると翌朝、雪の表面が凍って歩くことができるのですがこれも楽しい。田舎は当然田んぼが多いので、そんな日には田んぼの上を自由自在に走り回ることができです。ただし、小川の上に被さった雪は、小川の水の温度が気温より高いため、凍み渡りができるほど凍らないので、そこから小川に転落することがあり、結構危険を伴う遊びでしたけど。
雪国では、雪国ならではの遊びがあります。そんな遊びの中から、なぜ凍み渡りができるのか?とか、粉雪は雪玉が作りずらいのはなぜか?などということを考えたり、大人に質問したりしていた気がします。遊びがまさに学習になっていたんだと今になっては思います。環境や状況が違うので、自分の経験を善しとして押し付ける訳にはいきませんが、今の子どもたちの遊びはどうなんでしょうね。北国と南国でも違うし、都会と地方、海と山でもそれぞれ違うのでしょうね。私は子どもは遊びを通して学ぶことが一番だと思っています。特に幼稚園児は遊びが生活そのものという倉橋惣三の考え方を支持しています。現代の子どもたちも現代なりの遊びを生き生きとして欲しいと願っています。
凍み渡りを楽しんだことのある人のブログ
ログハウスのデッキから見える風景
ひとりのちふたり
投稿者 Bab : 15:12 | コメント (1) | トラックバック
2006年01月11日
大雪ー雪国の生活
2階から出入りしてるでしょ!?スキーで学校行ってるんでしょ!?これが私の地元に対する雪が降らない地域の方々と話すと大抵口をついて出てくる言葉です。まあ実際は雪対策のため1Fは鉄筋コンクリート造りで玄関は確かに2Fに位置していますし、学期末には学校に置いていたスキーを持ち帰る際に、スキーを履いて田んぼを渡って帰って来たこともあります。つまりみなさんの言っていることはあながち嘘ではない!?(^^)
私の地元は豪雪地帯と呼ばれるところで、所謂最近ニュースで報道されることがある所です。小学校の頃には教科書に出ていました。教科書に載っている地元がなんとなく誇らしく思っていたことを覚えています。
私の記憶が確かなら、最も豪雪だった昭和56年には、雪捨て場であった河川敷には雪が6月末か7月頭まで残っていたような気がします。雪下ろしが終わると普通は梯子で下に降りるのですが、その時は通常の積雪と屋根から下ろした雪が屋根近くまで積もってしまっていて、簡単に屋根から降りることができました。
各家庭の雪下ろしと玄関から道路までの除雪が大変な作業です。雪と長くつき合っている地元では、自然落下の屋根や温水を通して融雪する屋根などが最近では普及しています。高齢化が進んでいる地元では雪下ろしは大きな課題であり、一つの解決策でもあります。しかし、お金が掛かるのが年金生活の高齢者には大きな問題です。
雪国の生活は辛い面もありますが、それらが人間形成に少なからず影響を与えるものだと思います。雪が深い分、春が素晴しく、また雪が融けて山に染み込み、きれいな水が豊富にあります。お陰でお米やお酒が本当に美味しいです。
日本は南北にも長く、各地域毎に気候や風土が異なります。それぞれの地域での生活、気候、風土を多くの子どもたちが理解して、文化を引き継いでいってもらえればと思います。教育の現場でも最近そのような取り組みが増えていると聞いています。地域を誇りに思ってもらえたら素晴しいことではないでしょうか。
投稿者 Bab : 22:51 | コメント (2) | トラックバック
2006年01月10日
女子高生が交際相手を刺す
仙台に再び事件です。女子高生が交際相手を刺したそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060110-00000504-yom-soci
男と女の愛憎はいつの世にも、何処でもあること。身を焦がすほどの恋や恋の病について、教育が果たせる役割があるのか、あったとして何処まで効果を発揮できるのか、断言はできません。ただ17歳の人生が大きく変わることが残念です。幸い相手は一命を取り留めたらしいです。
2006年01月08日
赤ちゃん無事保護!
仙台の赤ちゃんが無事保護されました。良かったですね。犯人はまだ捕まっていないようですが、ひとまず安心しました。誘拐犯に何を言っても仕方が無いですが、お金欲しさに赤ちゃんを誘拐するなんて最悪です。二度とこのような事件が起こらないことを願うばかりです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060108-00000010-mai-soci
2006年01月06日
仙台市の赤ちゃん連れ去り事件
新年早々全くひどい奴がいるものです。仙台市の赤ちゃん連れ去り事件のことです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060106-00000015-mai-soci
過去にもこのような事件があったようですが、子どもは物ではないしお腹をいためた我が子を奪われた母親の気持ちをどう考えているのでしょうか。寒い時期であるので赤ちゃんの体調が心配ですし、赤ちゃんの成長という面においても大切な時期です。一日でも早く無事に帰ってきて欲しいものです。自分も教育を勉強していること、従妹に子どもが生まれて身近に接することが多くなったことが子どもに関わる事件に関して一層気になるようになりました。しかし、最近では知らない子どもに接する際に、変質者と間違われないように気を遣わなければならなくなっています。
何だか人でなしの世の中になってきている気がします。年寄りをターゲットにした詐欺事件や子どもを狙った殺人傷害事件など、弱者を狙った事件を耳にしない日がないのではないかと思うほどです。イメージとして少年犯罪が多くなっている気がしますが、それは錯覚のようです。現実には少年犯罪は減少しているそうです。大人が起こす犯罪の方が遥かに多いのです。子ども達の手本となるべき世の中の大半を占めている大人がしっかりしなければならないのでしょう。その意味で自分は、まだまだ大人としての役割を果たしているとは言えず恥ずかしい限りです。
人でなしの世の中をいかにして心ある社会にするか、それが自分の教育を勉強しようというモチベーションの一つでもあります。多くの人が協力して知恵を絞って、後世の人々にこの荒んだ世の中になったのはお前達のせいだ、と言われないようにしなければなりません。
参考URL:みんな怒ってます。そして赤ちゃんの心配をしています!
おひめちゃま
misaのつれづれ日記
進藤音緒っていう人のぶろぐ
投稿者 Bab : 17:53 | コメント (4) | トラックバック
2005年12月10日
こどもへの事件、なぜ!?
また子どもが被害にあう事件が、悲しくなります。殺人事件など子どもや大人関係なく嫌ですが、子どもが被害に遭う事件が何だか目立ちます。広島の事件から、栃木の連れ去り殺害、福岡の監禁、愛知の虐待死、そして今日の京都宇治の事件。関連してないのでしょうけれど、何だか連鎖してるかの如く、次々と事件が起こり、発覚しています。どうなるんでしょう。この国は・・・
私は、現在教育学科で勉強しているのですが、大きな可能性を秘めた子どもを教えるという責任がどれだけ大きなものなんだろうか、自分にできるのだろうかと震えるほどです。十数年前に教育実習をした時以上に、今その責任の大きさを感じています。いずれの犯人も殺人という行為が、素晴しい人生を歩んできてそして更にこれからより素晴しい人生を歩むことができる子どもたちの可能性を奪う最低の行為だ、ということを判ってないのでしょう。もっともそんなことが判っていたら殺人などできる訳がありません。
殺人に限らず、お年寄りを狙った詐欺行為など、人でなしが横行する世の中になってきました。モラル無き時代かのような雰囲気です。では道徳教育に力を入れるべきだ、とモラルの低そうな政治屋さん達はおっしゃいます。しかし、私はこの問題が、道徳教育という大人のモラルの押しつけで解決するような問題ではないと思います。なぜ我々は生きられるのか、なぜ家族や社会を形成しているのか、という根源的な理解を子どもたちだけでなく大人たちもしなければならないと思います。そこが理解されることによって、他人を敬う気持ちが生まれるのではないでしょうか。
改革は郵政のみにあらず、教育においても、そしてこの国の一人一人の意識においてもなされなければならないでしょう。途方も無い大きな改革となるでしょうが、これを成し遂げなければならないのではないでしょうか。我々一人一人の手によって!!
2005年12月03日
栃木の事件・・・社会は発展しているのか
広島に続き、栃木でも小学生を狙った事件。本当に被害者の子どもさんとご家族は可哀想です。ご冥福をお祈りします。
犯人が外国人であろうとなかろうと、「子どもは社会の宝」とかという倫理観はどうなったのか?などと報道で耳にすることがあるのですが、そういうかつての倫理観とは別の次元で事件は起きているのではないでしょうか。それよりも子どもは宝という倫理観は、口べらしとばかりに子どもを売り渡すという時代もあったこの国では、遠い昔から果たしてその倫理観が存在していたのか怪しい気がします。実はここ40年位の発想ではないかと考えてしまいます。だとしても、むしろこれからこそ確固たる倫理観として、「子どもは社会の宝」を作って行かなければならないものとも言えるのではないでしょうか。
印刷技術と輸送技術の発展以来、人類が保有する知識情報量の総体は飛躍的に大きくなっていると思います。個人一人一人がもっている情報量は飛躍的に増大しているでしょう。10年前に比べて小学一年生が持っている情報量は約10倍以上に増えたとのこと。大人の情報量はもっと増えているでしょう。
知識の量が増えたり、自然科学の分野で発見や解明されることが増えて、様々なイノベーションが起きて、我々の生活は便利になっていると思います。しかし、現実として決して犯罪は無くなってはいません。犯罪の総数は増えているのかいないのかわかりませんが、少なくとも自分の経験から20年前より治安が悪くなって来ている気がします。果たしてそれが地域という監視から逃れ、一人一人が思い思いの生活をできるようになった結果なのでしょうか。こんな事件を聞く度に、社会は発展しているのだろうか?我々の目指している発展とはなんだろうか?と考えさせられます。
一時的にも学校に警備員がいるという過程を経ることはやむを得ないとしても、自分の身は自分で守るんだ、武装せよ。などという時代が来ないようにしていかなければならない気がします。少なくとも、折角平和になったのだから人を殺してはならないということは最低限徹底した社会のルールとなるべきではないでしょうか。どうしたらそれが徹底できるのでしょうか。残念ながら私には未だ有効な方法が見えていません。
参考URL
悩めるワーキングマザーのDialy
Madrugada
親御さんとしての当事者意識と現実的な即効性のある対処、そして、マクロな視点からの社会病理の解決策の両方を考えることが必要なんでしょうね。
2005年12月02日
大人のマナー
人のことは言えた義理どころか悪い手本の部類に入る私でございますが、自分のことは本日は棚に上げて置いておきます。
一つはとあるスーパーでのこと。野菜売り場でキノコの購入を迷っていた私の隣に来たとあるご婦人。恐らく50代後半位ではとお見受けしましたが、上品ぶった雰囲気の方でした。その方は舞茸を購入すべく二つのパックを手に取られました。すると片方にお決めになられたようで、もう一つをおもむろに商品陳列棚より50cm程高い位置から手放しました。私思わず「ありえね〜」と呟きしばし呆然としました。ご婦人は何食わぬ顔でレジへ。
もう一つ、朝仕事場近く、新宿通りに出る緩やかな幅3m程の上り道でのこと。新宿通りの歩道まで1.5m、坂下側の広島風お好み焼き屋さんの入り口まで2mの位置。お爺さん、御歳60代後半〜ですが、人通りの多いその位置で前屈みになっているのでどうしたのかなと、自転車で通りすがりに様子をうかがうと、何と電柱に向かって立ち小便をしていました。私思わず「ありえね〜」と呟き我を失いそうになり、危うく通行人の方にぶつかるところでした。
若い人は云々とよく言いますが、大人の姿を見て子どもは育つもの、手本になるべく恥ずかしくないマナーと立ち居振る舞いをしなければならないと思いました。いずれも注意した方が良かったのかと後で思いましたが、その場はどちらかというとあっけにとられていました。あとから自分の普段の行いを反省しました。もっともいつも反省ばかりしているのですが・・・
2005年11月23日
何処でも誰でも何時でも
昨日はご近所のカフェーでレポート作成。課題は教育学概論の倫理、人間形成、宗教教育といった内容に関してです。いつもギリギリにならないとやらない癖は全く直る気配がない。今回もギリギリになっての作業です。あれこれと悩みながら書いていると、何やら後ろの方でマスターと年配の女性と若い芸術家の男性が気がつけば教育談義。レポート作成しているくせに耳がダンボです。
共感できる部分、そうでない部分、様々ですが、教育ということは常々広く語られる内容。ある意味誰でも語れる内容であります。なぜなら人はいつも生活や仕事を通して通して新たな知識や知恵を得ていたり、世代での考え方の違いを日常に感じた時にそれぞれの世代毎のメンバーである人間自身の人間形成というものが、その人が受けていた教育の結果であると思っているからではないでしょうか。
そんな街場の教育談義も有意義に世に出て行くことになればいいと感じます。その面でネットの可能性を感じると共に、具体的な活動として年齢を問わず多くの人が教育に携わって欲しいと思っています。例えば、多くの人が一生の間において教える側、教わる側それぞれに繰り返し立ち戻れたらよいのではないかと考えています。何処でも誰でも何時でも学習できて、教育に携わることができることができる環境を作っていけたらとても素晴しいことです。
2005年11月13日
ドラッカー逝去
びっくりしました。昨日のエントリーで取り上げたP.F. ドラッカー氏が11日にお亡くなりになっていました。実は今日検索していて気づきました。大きな功績を残された方です。ご冥福をお祈りします。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20051112AT2M1200N12112005.html
これまでにドラッカーの著作を数冊読んでいました。フロイトやケインズ、シュンペーターに直接あったことがあるという人物で、ほぼ1世紀を生き抜かれました。学問を実業に生かすことを熱心にやられており、90を超えてなお研究、執筆活動を続けていました。広い視点から社会を見る氏の見解はマネージメントというカテゴリーを超え、一つの思想家としての域に達していました。広く多くの分野において読書をするべきでありますが、経営の父と称される氏の著作は、経営のみならず万人にとって必読に値するものであります。
ドラッカー入門編
『イノベーターの条件』 はじめて読むドラッカー“社会編”
『プロフェッショナルの条件』 はじめて読むドラッカー“自己実現編”
『チェンジリーダーの条件』 はじめて読むドラッカー“マネージメント編”