2006年05月13日
体格差は栄養差?
子どもは、栄養や成長環境が整っていれば、人種に関係なく同じ体格に育つという研究結果が、WHO(世界保健機関)の調査でわかったようです。WHOは「5歳児までの成長は人種や遺伝的要素よりも食生活や保健環境が違いを生む」と分析しているようです。つまり、これは5歳児までということのようです。
今からでもあと5cm身長が欲しいと思っているん私です。
asahi.comのニュース:体格、栄養十分な子どもなら人種差なし
2006年05月11日
朝食提供開始!?
正直目を疑いました。でも本当らしいですね。岡山県の小学校で、朝食抜きで学校に来て集中力なく過ごす子が結構いるので、朝食として牛乳やチーズを自由に食べられるようにするらしいです。確かに昨日の講義で勉強したことの中に、現代の子どもたちの3つの不足という話が出てました。
運動不足・・・外で遊ばない。転んでも受身を取れない。
食事不足・・・朝食を食べて来ない子も沢山いるそうです。
偏食・変食で給食だけがまとも。
睡眠不足・・・子どもは毎朝学校に来るとあくび。
寝るのが遅い子が多いそうです。
中には経済的な理由で朝食が食べられない家庭もあるのかもしれません。しかし、学校で朝食を提供する時代になったとは・・・
最近、現在の教育現場での取り組みについて勉強することが多いです。私が子どもの頃と比べて、遥かに教育の環境は良くなっていると感じることが多いです。でも、日本の学校教育は悪いという印象があります。しかし、果たしてそうなんでしょうか!?私は、実は家庭での教育こそが、悪くなっていたり、教育そのものを放棄し、学校に頼っているのではないかと感じることが多くなっているのです。
もし、そうだとしたら、どうやったら家庭できちんと教育をすることができるのでしょうか!?それとも、家庭では教育を完全に放棄して、全てを学校で教育するという世の中を望んでいるのでしょうか!?子どもの教育と同時に親の教育こそが必要なのかもしれません。親の教育は、どう進めていけばいいのでしょうか!?また、考えることが増えました。
Yahooニュース:学校で朝食提供、牛乳・チーズを自由に食べられる
2006年01月31日
食育5ー鶏ガラスープ
忙しい合間に、鶏ガラスープをとったりと相変わらず合理的な時間の使い方をしていません。でもじっくりとスープを煮込むと美味しいだしがとれます。
鶏ガラは内蔵がついていたりして、結構グロテスクです。そして、自分が美味しいと鶏を食べたり、スープをとると1羽の鶏を殺していることを実感します。だからと言って私は肉類を食べないようにしようとは考えません。肉類だけでなく、魚介類も野菜もみんな命を持っているから、生きるためには命を少し分けて頂かざるを得ません。というのが自分の食事に関する考え方です。だから、残さないで全部食べるように心掛けています。そしてその範囲だったら美味しく食べようとしてもいいじゃないかとも思っています。まあ食に関する考え方は千差万別、十人十色、人それぞれです。それでいいと思います。野菜や肉や魚に、そして生産者と調理してくれる人に感謝することは忘れてはいけないと思います。
現代はどんどん命の現場から人間が遠ざけられています。まずは生産の現場、そして加工。レンジでチンすると食事が完成する時代です。自分も鶏肉というと肉の塊という印象で、そこにあまり生命を感じることがなかったですが、鶏ガラで内蔵を見て生命を意識しました。以前テレビで、関西の山奥で自給自足する家族についての番組を見たことがあります。そこでは小学校1、2年生になるとそれまで育てて来たニワトリを食べるためにしめさせていました。お父さんの目的は、そうやって命を奪って自分達が食にありつけているということを身に染みて感じさせ、理解させることでした。子どもたちは泣いてなかなか最初はできません。できるまでかなり時間が掛かりました。育てた愛情と自分が生きること。子どもたちには過酷な気がしましたが、正しいことだと感じました。自分はできるか自信がありませんけれど・・・
今、現在、子どもたちはお肉や魚や野菜も生きていた命あるものを頂いているということを理解しているのでしょうか。大人がそんなことを教えていないのかもしれません。もっとも我々大人自身が理解していないのかもしれません。
2006年01月26日
食育4ーお買い物
最近野菜が高いですね。ほぼ自炊をしている私は野菜やお肉の値段に敏感です。寒波の影響もあり、野菜は一時ほどではないにせよ依然高値です。ネギは198円以下でいつも買いたいのですが、最近200円を下回ることがあまりないです。白菜も1/4で100円とか、何だか昔は1玉150円位でこの時期買えてた気がします。葉ものも200円を切るものが無くて、野菜を食べたいけど躊躇してしまいます。
ハウスものもも寒波のせいで例年より燃料費が掛かっていて、それが価格に転嫁されているそうです。価格が安定している野菜は工場生産物の舞茸やもやしでしょうか!?天然の舞茸は高値ですが、工場生産物系はほぼ値段が変わりません。値段があまり変わらないといえば、卵の値段は昔からそれほど変わってないような気がします。
自分がスーパーに行く時間が遅いというのもあるのでしょうが、最近はお使いとかあまりしないのでしょうか。子どもが一人で買い物に来ている姿をあまり見掛けません。私は子どもの頃からよくお使いに出されることが多く、八百屋や肉屋、魚屋、スーパーなどに買い物に行きました。そんなお使いを通して、食べ物の値段、賞味期限を見て買うこと、どれが新鮮か目利きをすること、近所の人とのやりとりなどを学んだ気がします。
食品の値段がわかることで、家のご飯もお金が掛かっているんだなということがわかりました。食べ物もオートマチックに出て来る訳でなく、お金が掛かったものだと理解できていたと思います。ただ米だけは4年前位まで買ったことがなくて、生まれて始めて買った時に、10kgで6,000円くらいしていたので、なんて贅沢な米を食べていたんだとびっくりしました。
お使いに行くことも学びになっていたんだなと、今更感じています。お使いもひとつの立派な食育ではないでしょうか!?
2005年12月22日
食育3 芋っこ鍋
生活科はいつも後半はNHK教育の児童教育のVTRを見るのですが、今回は秋田県の「芋っこ遠足」という芋っこ鍋を作る授業の内容でした。(山形ではおそらく芋煮というのだと思います。)
そこで、芋っこ鍋の材料は?という問いかけの答えをボードに子どもたちが書いたのですが、子どもの回答の中に発見してしまいました。「ほんだし」の文字を・・・
最早子どもたちの常識では出汁(だし)は「ほんだし」になっているんですね。少々びっくりしました。
それと秋田の子どもたち、訛りがほとんど感じられないのです。これもテレビと標準語の教科書の影響なのでしょうか!?時代も子どもも変わります。
2005年12月20日
食育2 鰹節削り
ご近所の先輩が築地に乾物を買いに行くというので、煮干しと昆布を買って来て頂きました。料理は好きで自炊派なのですが、実家から鰹節削りをもらって来てからは、鰹節は真空パックを止めて、自分で削るようにしています。
子どもの頃、鰹節を削るのを時々手伝わされていましたが、実は嫌でたまりませんでした。魚臭いし、硬くてなかなか削れないし・・・しかし、今、大変ですが、だしをとる時は一心不乱に削っています。削ってある鰹節を使えば当然楽なのですが、何だか削った方が美味しいのではと思ってやってるだけです。
鰹節を削っていて、二つのことを考えました。
一つは、鰹節を削らされたことにより、いろんなことが分っていたということ。当時は母親に鰹節を削るよう言われるのが嫌でたまりませんでしたが、少なからず美味しい料理を作ることが大変だということと、料理はだしをとらなければいけない、という二つのことを子どもながら分っていたと思います。おかげで、家庭科の授業で味噌汁を作った際に、私の班だけはだしをちゃんととっていたので、味噌汁の味部門で一番美味しいと褒められたことを憶えています。
粉末のだしの素は時間が無い時など大変便利です。自分も中華の鶏ガラスープの素などを時々使います。でも粉末だしで育った子どもが、だしとは粉末ですと覚えてしまうのではないかと心配してしまいます。食べ物ではないですが、故田中角栄のお孫さんは、「カブトムシは何処にいる?」と聞かれて、「三越!」と答えていたそうですからあながち私の心配も杞憂ではありますまい。まずは本物を経験させてあげてから、便利な方法へ移って欲しいと感じます。そして、子どもには、なぜ乾物なのか?なぜ魚や昆布なのか?など次々と興味を広げていって欲しいものです。
もう一つは、だしに関する技術革新はきっと料亭や旅館などから、実は始まったのではないかということです。鰹節を一度削ってみればわかりますが、そんなに手早く削れていく訳ではありません。大きな料亭や旅館などではもの凄い量の鰹節が使われているはずです。もの凄い量の鰹節を一日で使う訳ですから、既に削ってあるものがあったらどれだけ便利でしょうか。そんな現場のニーズを反映して、削り節なるものが登場してきたのではないでしょうか。削ってあっても味が落ちないようにどうするかなどに、様々な技術が使われているのではないでしょうか。
教育学では学校が子どもを家庭や社会から隔離しているという考え方もあります。食育は、本来家庭でやれる教育の一つ。難しく考えずとも、一緒に食事を作ったり、片付けをさせたりというところから始めたら如何でしょうか。
鰹節削りフリークな皆様
わしのめし
☆☆自称 健康系?!なワタシ☆☆
ドクター鈴木・あめぶろ研究室
りぼんのいきいき生活
焼津マンのblog:フリークというよりプロの方です
参考URL
焼津鰹節水産加工業協同組合
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2005年12月14日
食育について勉強スタート
先日友人との掲示板において食育に関して話題なり、多いに盛り上がりました。コメントはまだまだ続いています。そこで最近よく話を聞くようになった食育というものに関して、もう少し勉強を深めていってみようと思いました。
食育というとよくテレビに出てる学校法人服部学園服部栄養専門学校校長の服部幸應先生がよくおっしゃっています。服部先生は医学博士でもあるので、医学的見地からも食育の大切さを訴えております。
ではまず、食育とはいったい何ぞやというところから入って行きます。食育に関しての定義は公的機関が考えているところで次のようなものがありました。
文部科学省の食育の定義
食育とは、ひとことで言えば食に関する教育ですが、単に望ましい食習慣
のための知識を身につけるだけでなく、食卓での一家団らんを通じて社会性
を育んだり、わが国の食文化を理解したりすることも含む幅広い教育です。
財団法人 食生活情報サービスセンター(農林水産省外郭団体
食育とは、国民一人一人が、生涯を通じた健全な食生活の実現、食文化の継承、
健康の確保等が図れるよう、自らの食について考える習慣や食に関する様々な
知識と食を選択する判断力を楽しく身に付けるための学習等の取組みを指します。
食育についての動きは、かなり大きくなってきており、既に食育基本法なる法律までできています。政府でも文部科学省、農林水産省、内閣府と多くの省庁が関わっています。先の小泉内閣では、「内閣府特命担当大臣〔科学技術政策・食品安全・食育〕情報通信技術(IT)担当」などという大臣ポストまである力の入れようでした。これは7月の食育基本法の立法化のためだったのかもしれませんけれど。
もともと食事には関心があって、自然農やパーマカルチャーを少し勉強したり、有機野菜を好んだり、冷凍食品の仕事にかかわってみたりしています。基本的に食事は自炊ですし、弁当を作ることもあります。一方で酒も好きで、昨年末では忘年会の連続の中、暴飲暴食がたたって入院するなど破天荒な食生活を送ることもあります。
そんな食生活を送る中で、基本的には食育については賛成なのですが、食育についてはもう少しいろんな角度で見て理解を深めようと思っています。というのは、アメリカでは食事に時間を掛けない分、親子とのコミュニケーションなどに時間を掛けているように見受けられるところがあるそうです。このことは確かに共働きなどが多い家庭ではいえることかもしれません。料理を作る負担を減らすことで、コミュニケーションの時間を増やしたり、忙しい中に料理をすることによるストレスの増加を抑え精神的にもいい状態に保てるのでいい家族関係が築けたり、といった効果もあるかもしれません。確かにその通りかもしれません。
食事という行為において大切なことは何か、何を目的とし、何をするのか、ということをよく考えることが必要なのでしょう。ただ、その一方で感じるのは、兎に角食えるものを食うという状況と比べたら何と我々が恵まれていることかということです。感謝をすることを忘れないようにしたいものです。
この食育に関してはもっと勉強して行きます。様々な情報や意見を聞いて、理解を深めて行きたいと思っています。
参考URL
学校法人服部学園服部栄養専門学校:食育メッセージ
農林水産省の食育のページ
内閣府の食育のページ
食育・食生活指針の情報センター
食育基本法
食育書評集
参考ブログ:いろんな角度からのいろんな意見が参考になります
食育親父のひとり言
ゆうの幸せ毎日
「いまが旬!」とれたて農産物を食べつくす方法
食育のススメ
覚え書き